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横浜市のシュウマイ支出2,248円は全国平均の2倍。崎陽軒と中華街が積み上げた120年


横浜のシュウマイ消費は全国平均の2倍。偶然ではない

横浜市のシュウマイ年間消費額は2,248円で、全国平均1,093円の2倍を超え、日本一である(農林水産省、総務省家計調査2018〜2020年平均)。この差は「崎陽軒があるから」だけでは説明がつかない。広報よこはま2026年8月号が特集した「横浜とシュウマイ」を、公的統計と企業の公式記録で検証する。

横浜市2,248円、全国平均1,093円。差は2倍以上である

農林水産省「うちの郷土料理」の神奈川県シューマイの項は、こう明記している。「横浜市はシューマイの消費額日本一の都市である。全国におけるシューマイ(冷凍食品や飲食店での食事は除く)の年間平均消費額が1,093円であるのに対し、横浜市は2,248円と2倍以上」。

出典は同ページに「※総務省・家計調査(二人以上の世帯)/品目別都道府県庁所在市及び政令指定都市ランキング/2018〜2020年平均」と示されている。国の統計を、国の別の省庁が地域食文化の説明に使っている構図である。

ここで重要なのは括弧書きの但し書きだ。この2,248円には、冷凍食品も飲食店での食事も含まれない。中華街で食べたシュウマイも、居酒屋の一皿も、この数字の外側にある。つまり2,248円は「横浜市民が家で食べるために買ったシュウマイ」だけの金額であり、実際の消費実感はこれより大きいと考えるのが自然である。

川崎市1,951円が2位。崎陽軒だけでは説明できない

同じ調査で、横浜市に次ぐのが川崎市の1,951円である。これも全国平均1,093円の1.8倍近い。

もし横浜のシュウマイ消費が崎陽軒という一企業の存在だけで決まるなら、隣接する川崎市がここまで高い理由は説明しにくい。崎陽軒の売店は神奈川県内の各路線の駅構内に広く展開しており、農水省の記述も「神奈川県内各路線の駅構内にある崎陽軒の売店は、県民にとってなじみのある風景となっている」と結んでいる。企業の販路と、地域の食習慣とが重なり合って面として広がっている、と読むのが妥当だろう。

崎陽軒の創業は1908年。シウマイはその20年後に生まれた

順序を誤解している人が多い。崎陽軒は最初からシウマイを売っていたわけではない。

崎陽軒の公式沿革によれば、創業は1908年(明治41年)、場所は初代横浜駅(現在の桜木町駅)である。横浜名物「シウマイ」の独自開発・販売開始は1928年(昭和3年)。創業から20年が経っている。

では、その20年の間に何があったのか。農水省の記述が答えを補う。崎陽軒は「南京街(現在の横浜中華街)で突き出しとして提供されていたシューマイにヒントを得て、具材に干し帆立貝柱を使い、冷めてもおいしい『シウマイ』を開発し、1928年に駅利用客に向けて販売を始めた」。

つまり順番は、中華街が先で、崎陽軒が後である。広報よこはま2026年8月号でも、一般社団法人日本シュウマイ協会代表理事のシュウマイ潤氏が、崎陽軒以前から博雅や萬珍樓といった店がシュウマイを提供していたことに触れている。崎陽軒が発明したのではなく、既にあった街の味を、駅で売れる形に翻訳したのだ。

シウマイ弁当は1954年発売。駅弁が名物を全国へ運んだ

「冷めてもおいしい」という開発条件は、駅で売るための制約から生まれた。この制約が、結果として全国流通を可能にした。

崎陽軒の沿革では、1950年(昭和25年)に横浜駅へ「シウマイ娘」が登場し、1954年(昭和29年)に「シウマイ弁当」が誕生、1955年(昭和30年)にしょう油入れ「ひょうちゃん」が登場している。さらに1967年(昭和42年)には「真空パックシウマイ」の販売が始まった。駅頭での対面販売から、持ち帰れる弁当へ、そして日持ちする土産物へ。商品形態が段階的に「移動できる」方向へ進化している。

公式商品ページによれば、シウマイ弁当は現在も販売中で、価格は1,180円(税込)、昔ながらのシウマイが5個入る。1954年の発売から70年以上、同じ名前の商品が売られ続けていること自体が、地域名物の定着を示す指標といえる。

横浜市の中国人は2019年に4万人超。街の厚みが食を支える

中華街の側の変化も数字で追える。横浜市の調査季報に掲載された伊藤泉美氏(横浜ユーラシア文化館副館長)の「横浜における華僑・華人の160年」によれば、横浜が対外貿易港として開かれたのは1859年である。1862年には関帝廟の前身となる小さな祠が現在地に祀られた。

関東大震災(1923年9月1日)当時の在住中国人は5,700人余りで、うち1,700人余りが亡くなった。震災後は貿易商に代わって中華料理店などが増えていったという記述があり、シュウマイを出す店が街に厚みを増した時期と重なる。大通りの入口に「中華街」と掲げた門が建てられたのは1955年である。

人口はその後大きく動いた。横浜市内の中国人人口は1985年に5千人前後だったが、1990年に約9,600人、2005年に約2万4千人、2019年には4万を超えた。34年で8倍規模である。街の担い手が増え続けたことが、外食としての中華料理の層の厚さを支えている。

100年フード認定は329件。ご当地食は制度で継承される

ご当地食が観光資源や地域ブランドになるのは、自然発生だけによるものではない。国の制度がそれを後押ししている。

文化庁の「100年フード」は、地域で世代を越えて受け継がれてきた食文化を認定する取り組みで、「伝統の100年フード部門(江戸時代から続く郷土の料理)」「近代の100年フード部門(明治・大正に生み出された食文化)」「未来の100年フード部門」の3部門からなる。同庁のページ時点で329件が認定されている。近代部門が設けられている点は重要で、明治・大正期に生まれた都市の食も「継承すべき食文化」として位置づけられている。1928年発売のシウマイのような近代都市の産物が、制度上も文化として扱われる枠組みがあるということだ。

観光の側からも同様の動きがある。観光庁はガストロノミーツーリズムを「その土地の気候風土が生んだ食材・習慣・伝統・歴史などによって育まれた食を楽しみ、食文化に触れることを目的としたツーリズム」と定義し、第4次観光立国推進基本計画(2023年3月31日閣議決定)に基づいて推進事業を行っている。食は今、観光政策の対象として明示的に扱われる資源である。

表記は2通り。シウマイは商品名でシュウマイは料理名である

最後に表記の話をしておきたい。混同されやすいが、この2つは別物である。

崎陽軒の公式沿革・公式商品ページでの表記は一貫して「シウマイ」であり、「シウマイ弁当」「真空パックシウマイ」「シウマイ娘」もすべてこの表記だ。一方、農林水産省が郷土料理として扱う一般名詞は「シューマイ」、広報よこはま2026年8月号や日本シュウマイ協会が使う一般名詞は「シュウマイ」である。

したがって、崎陽軒の商品を指すときは「シウマイ」、料理一般を指すときは「シュウマイ(シューマイ)」と書き分けるのが正確である。冒頭の2,248円は料理一般の統計であり、崎陽軒の売上ではない。

家計調査の2,248円は外食と冷凍を除く。実感との差はここ

改めて確認しておく。本稿の中心的な数字である2,248円は、総務省「家計調査(二人以上の世帯)」の品目別ランキング、2018〜2020年平均に基づく、横浜市の1世帯あたり年間消費額である。冷凍食品と飲食店での食事は含まれない。

この定義を押さえると、横浜のシュウマイ文化の全体像はむしろ数字より大きいと分かる。中華街の点心も、駅弁のシウマイも、広報よこはま2026年8月号が触れた野毛のネオ酒場のシュウマイも、この2,248円には入っていない。統計に映るのはスーパーで買って家で食べる分だけであり、それだけで全国平均の2倍に達している。横浜がシュウマイの街だという主張は、控えめに見積もった数字ですら裏づけられている、ということである。

出典

情報確認日 2026-08-01。金額・年号はすべて上記の各公式ページに掲載された数値をそのまま引用したものであり、筆者による推計・換算は含まない。家計調査の数値は2018〜2020年平均であり、最新期の値とは異なる可能性がある。価格は確認日時点のものである。本稿は特定の企業を推奨するものではなく、公表された事実と出典に基づく記述にとどめている。